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巨大な新種ゴキブリ ダイオウゴキブリ発見記

2023年12月30日。私は共著者の方々と共に、台湾から新種・ダイオウゴキブリPeriplaneta gigantea(ペリプラネタ・ギガンテア)を記載した論文を出版しました(Yanagisawa et al. 2023)。今回は本種の発見から記載までのお話をご紹介しようと思います。


研究のはじまり

2021年夏、私は西表島で見つけた「謎のゴキブリ」の詳細を調べるために、国立感染症研究所を訪れていました。国立感染症研究所には、朝比奈正二郎博士が集めた世界各地のゴキブリ標本が保管されています。

西表島で見つけた謎のゴキブリは、日本では見つかっていない種類で、論文を調べてみるとバンクスゴキブリPeriplaneta banksiというフィリピンや台湾に分布する大型のゴキブリに似ていました。

しかし、オスの交尾器などの形状から、別種だろうと考えられました。未記載種の可能性があるため、バンクスゴキブリとしっかり比較しておこうと、バンクスゴキブリの標本が収蔵されている国立感染症研究所を訪問しました。

国立感染症研究所。故朝比奈正二郎博士の集めたゴキブリ標本が数多く収蔵されています

私はこれまでに何度か国立感染症研究所に訪れたことがあったので、国立感染症研究所にバンクスゴキブリとラベルがついている標本が収蔵されていることを知っていました。到着してからお世話になっている比嘉由紀子先生にご挨拶し、早速収蔵部屋へ。ここにはたくさんのゴキブリ標本があります。

バンクスゴキブリが入っている標本箱を取り出し、中にあった数個体の標本を自分が持ってきた標本箱に移します。一度お借りして、家で詳細に調べるためです。

お借りした標本

比嘉先生にお礼をいい、国立感染症研究所を出ます。車に標本を積み込んだところで、じっくりと標本を観察します。
すると、「あれ?」と思う点がありました。論文で記載されているバンクスゴキブリと、腹部末端の形が全く違うのです。また、私達が調べていた謎のゴキブリとも違います。「これは、また別の未記載種なのでは?」と思いました。

やっぱり未記載種

家に帰って詳細に調べてみると、オスの肛上板や交尾器の形状がバンクスゴキブリ、そして西表島の謎のゴキブリとも違い、調べた限りでは一致する種が見当たりませんでした。

西表島で見つけた謎のゴキブリは、その後も調査を行い、2021年12月に新種・アカズミゴキブリPeriplaneta kijimunaとして記載しました(Yanagisawa et al. 2021)。

アカズミゴキブリPeriplaneta kijimuna。
種小名のkijimunaは沖縄に伝わる木の精霊キジムナーから

続いて、国立感染症研究所で見つけた謎のゴキブリの研究を行うことにしました。バンクスゴキブリは最初にフィリピンでメスのみが見つかっており、メスだけで記載されました。国立感染症研究所にあったこれらの標本はこのメスの記載を参照して、バンクスゴキブリと判別されたと考えられます。確かに、メスだけ見ると、ほとんどの特徴が一致していて、とてもそっくりです。

しかし、近年オスが見つかり、記載されました。この論文で示されたオスと比べると、特徴が大きく違ったのです。

台湾の国立中興大学の許至廷さん、国立感染症研究所の比嘉先生、アマチュア研究家の大北祥太朗さんと共に研究を進め、台湾産の謎のゴキブリは他のどの種とも違う、未記載種だということが改めて分かり、新種として記載することになりました。
さらに、この謎のゴキブリはゴキブリ属で最も大型になるゴキブリだとわかりました。

大きさ比較。
一番左がクロゴキブリP. fuliginosa、真ん中がアカズミゴキブリP. kijimuna、右が謎のゴキブリ。
アカズミゴキブリは日本でもかなり大型のゴキブリ。それが小さく見えてしまうほどの巨体

ついに発表!

そして2023年12月。日本昆虫分類学会の発行する国際誌「Japanese Journal of Systematic Entomology」に私たちの論文『Periplaneta gigantea sp. nov. (Blattodea: Blattidae) from Taiwan Island』が掲載されました。
これにより、新種・ダイオウゴキブリPeriplaneta giganteaが世に知られることになりました。

ダイオウゴキブリPeriplaneta gigantea。大きくて最高にカッコいい

種小名のgiganteaは「巨大な」を意味しています。属内最大の本種の特徴から命名しました。私は元々カミキリムシが大好きで、オニホソコバネカミキリNecydalis giganteaというかっこいいカミキリムシを求めてあっちこっち旅をしたことがあります。種小名から「ギガン」と呼んで憧れていましたが、出会うことはできず、気が付けばゴキブリに惹かれてカミキリムシは追わなくなっていました。
まさか自分でgiganteaという学名を付けることになるとは思ってもみませんでした。

今回のダイオウゴキブリ記載は、新種候補の研究をしていたら別の新種候補を見つけてしまったという、出来事から始まりました。実は、研究をしているとこのようなことはよくあります。
一つの謎を追っていたらまた謎が出てくる……キリがないですが、これも研究の楽しいところです。

さいごに宣伝

2024年1月24日に、愛しのゴキブリ探訪記: ゴキブリ求めて10万キロという本が出版されます。
ゴキブリを求めて世界を旅した変人のお話です。実は、今回のお話は本書の番外編的な内容でした。もし「他の話も読んでやってもいいな」と思ってくださった方はお手に取っていただければ嬉しいです。

『愛しのゴキブリ探訪記: ゴキブリ求めて10万キロ』

地球一周が約4万キロらしく、私がゴキブリを求めて移動した10万キロというと、地球2周半。こんなに移動していたとは、計算していて驚きました。

1月には南米にゴキブリ探しに行きます。その頃には総移動距離も地球3周分くらいになっているでしょう。南米でも魅力的なゴキブリたちに出会えたらいいなぁと期待しています。無事に帰って来られたら、ここでも紹介したいなと思います。

謝辞
本論文は標本が良好な状態でしっかりと保存されていたからこそできた研究です。朝比奈正二郎博士と国立感染症研究所昆虫医科学部の皆様にこの場を借りて厚く感謝申し上げます。ありがとうございました。

引用文献
・Yanagisawa, S., Ohgita, S. & Komatsu, N.. 2021. Periplaneta kijimuna sp. nov. (Blattodea: Blattidae) from Iriomote-jima, Japan. Japanese Journal of Systematic Entomology, 27(2): 224-226.
・Yanagisawa, S., Hsu, C.-T., Higa, Y. & Ohgita, S.. 2023. Periplaneta gigantea sp. nov. (Blattodea: Blattidae) from Taiwan Island. Japanese Journal of Systematic Entomology, 29(2), 279-282.