磐田のトンボと初冬のトンボ
竜洋昆虫自然観察公園は静岡県磐田市にある施設です。磐田では「市の花」にはツツジ、「市の木」にはクスノキが制定されています。さらに他の市町村ではあまり選ばれていない「市の昆虫」があり、ベッコウトンボが選ばれています。
前回のこんちゅうクンの記事でも少し紹介がありましたが、磐田市は「トンボのまち」とも呼ばれるほど、多くのトンボが生息しています。
中でも「市の昆虫」であるベッコウトンボは、環境省レッドデータブックで絶滅危惧ⅠA類に指定されているトンボで、磐田市が日本における数少ない生息地の一つとなっています。
約1年半noteに記事を投稿してきましたが「トンボのまち」にある昆虫館なのにトンボの話をあまりしていないことに気が付きました。そこで今回は「市の昆虫」であるベッコウトンボの紹介と、竜洋昆虫自然観察公園にある野外公園で初冬でも見られるトンボを紹介したいと思います。
ベッコウトンボとは
ベッコウトンボは日本では静岡県、山口県、九州(福岡県、熊本県、大分県、鹿児島県)の一部の地域に、海外では朝鮮半島や中国に分布しているトンボです。静岡県では磐田市の桶ヶ谷沼に分布しています。
この桶ヶ谷沼が磐田を「トンボのまち」たらしめる全国でも有数のトンボの生息地です。
ベッコウトンボの体長は39~45mm程で、4枚の翅に3つの濃褐色斑があるのが特徴です。幼虫で冬を越し3月下旬~5月頃に羽化をします。
ベッコウトンボは「市の昆虫」であり、磐田を代表する昆虫です。磐田ではマンホールの柄にもベッコウトンボが使われています。
ベッコウ(べっ甲)とはタイマイというウミガメから作った装飾品の原料のことで、透明感のある黄色、茶色、黒色など様々な色味があります。ベッコウトンボの未成熟のオスとメスの色合いがべっ甲に似ている事からベッコウトンボと名付けられました。
絶滅危惧種となったベッコウトンボ
初めから分布域が数カ所しかなかったわけではなく、本州の他の地域や四国にも分布していました。数が減ってしまったのは生息環境の減少が理由の一つです。ベッコウトンボは平地にある池や沼などの環境を好みます。そういった環境は人が利用しやすいように改良されていきました。その結果、生息できる場所が少なくなり、さらに生息地への外来種の侵入などが原因で、数が減ってしまいました。
ベッコウトンボのように、「昔はたくさんいたけれどいつの間にか数が減ってしまった虫」は少なくありません。放っておけば絶滅してしまっていた可能性もあります。ですが、自然界において、どの虫も何かしらの役割を持っていて、その虫がいなくなると生態系が崩れてしまう恐れがあります。守っていかなければならない存在です。
桶ヶ谷沼ではベッコウトンボの保全活動が行われていて、毎年発生が確認されているため、時期を合わせれば観察することができます。夏を迎える前の3~6月が成虫を観察できるシーズンですので、その時期にはぜひ桶ヶ谷沼へ観察しに行ってみてください。
初冬に見られる野外公園のトンボ
私はトンボというと秋のイメージがあります。実際に秋本番の時期(10月頃)には多くのトンボが観察できます。
しかし、トンボを観察できるのは秋だけではありません。春にはベッコウトンボが見られ、夏にも多くのトンボが観察出来ます。そして、冬になっても観察できるトンボがいるのです。
ベッコウトンボを始めとして、秋以外の季節にも様々なトンボが見られることを伝えたく思い、冬でもまだ野外公園で見られるトンボ2種を紹介します。
2024年12月に入ってから野外公園で観察できたトンボはアキアカネとナツアカネの2種でした。この他にも観察できる可能性はありますが、ここでは、この2種の特徴と見分け方を紹介したいと思います。
体長は32~46mm程で、成熟したオスの腹部の色が橙~赤色になるトンボで「赤とんぼ」として古くから親しまれています。(赤とんぼは本種のみを指す場合とアキアカネを含むトンボ科アカネ属の種を指す場合があります。)
秋に成熟したアキアカネは水田や湿地に卵を産み付け、卵で冬を越します。翌年の春、孵化した幼虫は水中で暮らし、水生生物を食べて成長していきます。そして初夏に羽化し、成虫になるのですが、夏にその姿を見る事はほとんどありません。なぜかというと、夏の間は、暑さを避けるために山地へ移動をするからです。夏に山地で過ごし成熟したアキアカネが、涼しくなった秋に平地へと戻ってきて姿が見られるようになります。
アキアカネにとって水田は大切な生息地です。しかし、農薬の使用、休耕田の増加などにより、生息数が減少しています。
体長は32~46mm程で、成熟したオスは体全体が赤くなり顔まで赤くなります。アキアカネと同じような1年を過ごしますが、アキアカネのように夏に暑さを避けて山地へ移動するようなことはしません。基本的には生まれた場所付近の林で過ごします。
トンボの冬の越し方は種によって違います。幼虫で冬を越すトンボも多くいますし、わずかではありますが成虫で冬を越すトンボもいます。アキアカネとナツアカネは卵で冬を越す種なので成虫は冬のうちには死んでしまいます。冬の間ずっと飛び回っていて観察できるわけではないため、なるべく早くに観察することをおすすめします。
アキアカネとナツアカネの違い
次に見た目の違いについて、ご紹介いたします。
左がアキアカネで右がナツアカネです。パッと見ただけで見分けることは難しいですが、ポイントがあります。
黒条(胸部にある黒い模様)に違いがあります。アキアカネは黒条の先端がとがるのに対し、ナツアカネは黒条の先端が角状に途切れます。このポイントでオスもメスも見分ける事ができますので、見つけたらぜひ確認してみてください。
成熟したオスの見分け方はもっと簡単です。先程紹介したようにナツアカネは顔まで赤くなります。アキアカネは赤くはならず、褐色~橙色をしています。
おわりに
初冬でもアキアカネやナツアカネなど、冬を越すことができず死んでしまう虫がまだ生き残っています。そして、春になれば桶ヶ谷沼でベッコウトンボが見られるようになります。その虫に持っているイメージの季節だけでなく、違う季節にも虫を探してみてください。新しい発見があるかもしれません。
参考文献
尾園暁・川島逸郎・二橋亮, 2021. ネイチャーガイド 日本のトンボ 改訂版. 文一総合出版. 東京
環境省, 2020. レッドリスト2020. 環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室.