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【昆虫】の世界の「言葉」たち

「ゲーゲンプレス」
「DOGSO」
「くさび」
「シミュレーション」
「パネンカ」
「カテナチオ」
「インテンシティ」
「VAR」
「ボランチ」
「アーリークロス」
「バロテッリ」

知ってる言葉はありましたか?
これらはすべて、わかる人にはわかる、ある業界で使われる言葉たち。

その業界とは、

【サッカー】

それぞれの意味の説明は割愛しますが(気になるものがあったら調べてみてね)、
サッカー経験者やサッカー好きにとっては聞いたことのある言葉が多いはず。
中には当たり前すぎて説明するのが逆に難しかったり、
通常の意味とは別の意味として使われている言葉もあったりします。

一方で、サッカーにあまり興味がなく、接点も少ない方にとっては全然聞いたことのない言葉ばかりではないでしょうか。
並べた言葉の数が10個ではなくあえて11個だったのも、サッカーが1チーム11人でやることを知らなければ何のヒントにもなり得ません。

どの世界にも、その世界でしか使われない、言葉がある。
専門用語、業界用語というものです。

最近ドラマ『舟を編む 〜私、辞書作ります』を見て、言葉ってすごく素敵だな、面白いなって毎週思っていたのですが(とてもとてもいいドラマでした!)、
昆虫の世界にも特有の言葉があって、その言葉たちも素敵だし面白いよなー
とか考えたりしながら見ておりました。

昆虫に携わる僕たちにとっては当たり前かもしれないけれど
昆虫と関わりのない人からしたら、よくわからなかったり、聞き慣れない言葉もきっとありますよね。

または、その言葉の意味を知ることで見えてくる昆虫の特徴だったり魅力もありそうです。

というわけで、今回は
【昆虫】に関する専門用語をいくつかピックアップし、
こんちゅうクンがなるべく楽しく紹介する
 っていう回です。

「そんな言葉あるんだ」
「そこ、そんな名前ついてたんだ」
「全然聞いたことない!」逆に「全部知ってましたー」

みたいな感じで気軽に昆虫の世界の言葉に触れ、楽しんでみてください。
辞書を作るほどの数にはまったくもって及びませんが、
あなたの心の「カテナチオ」が一つでも開かれ、昆虫の世界の魅力の一端でも伝わりましたら幸いです。


①へいきんこん 【平均棍】

あまり辞書にも載っていない言葉なのですが、かの有名な広辞苑には載ってました。

ハエ目の昆虫の後翅が変形した短い棍棒状の構造。飛翔時には前翅と同じ頻度で振動するが、その機能については諸説ある。

広辞苑 第七版(岩波書店)

昆虫ははねが4枚あるのが基本なのですが、ハエ目の昆虫は後ろのはねが棒(平均棍)に変形していて2枚しかはねがありません。
ハエ目が「双翅目」と呼ばれるのもこの特徴によるものです。

機能については諸説ありとなってますが、
平衡感覚を保つための器官として役立っているようです。

ハエ目にはハエはもちろん、カ、アブ、ガガンボなどが含まれます。
なので、ハエだけでなくカ、アブ、ガガンボなども後ろのはねが平均棍になっています。

では、平均棍を写真でご紹介。
ハエやカだと見にくいので、平均棍が見やすい大きめのガガンボです。

ガガンボの仲間。矢印部分が平均棍。

これが昆虫の中でもハエの仲間のみがもつ「平均棍」。
この機会にぜひご記憶くださいませ。

ちなみに、
ハチやウンカなどに寄生するネジレバネという昆虫は後ろのはねではなく前のはねが棍棒状になっており「擬平均棍」と呼ばれます。

ちなみにちなみに、
中学校の数学で「平方根」を習うと思いますが、これは全くの別物です。

平方根とは

数学で与えられた数に対し、平方するとちょうどその数になる数の称。ルート、例、16の平方根は4と-4。

新明解国語辞典 第八版(三省堂)
平方根の一例。12だけでなく-12も2乗すると144になるってところがポイント。
懐かしのルートの計算。中3で習うはず。(a+b)²の公式も懐かしい。

数学のテストで「平方根」を「平均棍」と間違えて書かないように気をつけましょう。
そんなちょっとしたミス一つで、平均点を下回ってしまう可能性だってありますからね。
あと、わかる人には虫好きだってバレますからね。

ちなみにちなみにちなみに、
今もあるのかわかりませんが、体育館にあった気がするあの細い橋みたいなやつ。
あれは、「平均台」でしたね。

体操用具の一種。またそれを使って行う女子の体操競技。固定した幅一〇センチメートルの横木の上で、体の平均をとりながら跳躍・回転などの運動をする。

広辞苑 第七版(岩波書店)
平均台

これもハエとは全く関係ないので、間違えないようにしましょう。

しつこいようですがさらにちなみますと、
昆虫好きな方に「平均台」って言うと、思い浮かべるのはどっちかっていうとこちらかも。

昆虫界の「平均台」

見たことあります?
これは標本を作るときに標本やラベルの高さを揃えるために使う専門用具。
その名も「平均台」。

別の形のものもありますが、昔ながらのやつはこんな感じの階段状。
昆虫標本や一緒につくラベルがぴしーっと同じ高さにきれいにそろうのは、この平均台のおかげなのです。

「平均棍」から始まって「擬平均棍」、「平方根」、そして「平均点」も少し挟んでからの「平均台」と「平均台」。
似ている言葉が並びまくりました。
それぞれの意味の違い、使われる業界に注意して使い分けていきましょう。

②へんたい 【変態】

これは昆虫に限りませんが、一般によく使われる「このへんたいっ!」の「変態」とは違う意味で使われます。

①動物が、発育の途中で、時期に応じて形を変えること。
②「変態性欲」の傾向がある状態(人)。

新明解国語辞典 第八版(三省堂)

上記の「この、へんたいっ!」は②の意味の方ですね。
「この、えっち!」とかいう罵倒で用いられる「えっち」は、この②の「変態性欲」の頭文字「H」から来ている説あり(ただし、諸説ありまくりです)。

つまり「へんたいっ!」「えっちっ!」は全く同じ意味となる可能性がありますので、連続して使う場合には別の意味の言葉を用いた方が攻撃力が増すように思います。ご検討ください。

昆虫は脱皮をし、姿形を変えながら成長していきますが、

「卵→幼虫→蛹→成虫」と蛹を経て成長していく方を「完全変態」
「卵→幼虫→成虫」と蛹にならずに成長していく方を「不完全変態」
といいます。

完全変態のカブトムシの蛹

これは小学生も時々言ってるぐらい有名なので、聞いたことがあるのではないでしょうか。

ちなみに、
蛹の時期がなくて成虫も翅がなくて幼虫と外見が変わらないパターンは「無変態」といわれます。
シミやイシノミの仲間が無変態の昆虫です。

無変態のマダラシミ

ちなみにちなみに、
蛹になる完全変態の昆虫の一部では、幼虫期に体型の異なる複数の発育段階を経るパターンがあり、こちらは「過変態」といわれます。
ツチハンミョウやオオハナノミなどのコウチュウ目、ネジレバネ目で見られます。

過変態のヒメツチハンミョウ

「完全変態」「不完全変態」などと聞き慣れてくると、「変態」と聞いた時には動物が姿かたちを変えて成長していく意味の方で捉えることが増えてくるように思います。

もし「へんたいっ!」と言われた際には、
あなたの変化に相手が気づき、それを指摘された、成長を褒められた
ぐらいにポジティブに捉えてもいいですか?
そういうことにしてみるのもいいでしょうか?
いいのかな。どうかな。

③びじょうとっき 【尾状突起】

意味としてはもうそのまんま、尾っぽみたいな形の突起のことなのですが、
主にチョウの仲間の後翅の先についているやつです。

アゲハ。尾状突起がはねの後ろに伸びています。
ヤエヤマカラスアゲハ。石垣島にて。やはり尾状突起が美しい。

僕は昔からこの尾状突起が好きでした。

特に好きなのがジャコウアゲハの尾状突起で、
他のアゲハより細長く、飛んでいる時に細やかに揺れなびく様子が見ていてとても美しいからです。

ジャコウアゲハ。尾状突起がすらりと長く美しく伸びる。

その昔、まだ私が大学生という若かりし時代、とある女性の髪型について

「前髪が両側から垂れている感じが、ジャコウアゲハの尾状突起みたいでいいね

的な発言をしてしまい、完全変態野郎扱いを受けてドン引きされた黒歴史がございます。
いい意味で、褒め言葉のつもりでの比喩でしたが、虫に喩えちゃダメだよね。

なお、ここでの「変態」は先にご紹介した姿を変えて成長する方じゃなくて、上記②の方の意味です。

また、この尾状突起をナガサキアゲハは“持たない”という特徴もあります。
黒いアゲハを見たらまず尾状突起を確認し、ナガサキアゲハかどうかを見分けてみましょう。

ナガサキアゲハ(左)とクロアゲハ(右)。ナガサキアゲハには尾状突起がない。

アゲハチョウの仲間以外でも尾状突起を持つチョウがいます。

ツバメシジミ
ウラナミシジミ

ちょこんっと本当に可愛らしい尾状突起がついています。
これは触角みたいに見せ、眼みたいな模様と合わせて後ろ側を敵に頭と錯覚させ、攻撃を本物の頭部からそらせて、致命傷を割ける働きがあると考えられています。

ちなみに、
「尾状突起」に似た言葉で「じじょうとっき【耳状突起】」というものがあります。
尾っぽではなく、人の耳の形みたいな突起

さて、耳状突起を持つのは一体何の昆虫でしょうか?

正解は、

頭部の背中側にあるでっぱりが耳状突起。

ミヤマクワガタ(オス)でした。

ミヤマクワガタに特徴的なあの東部のぼこっとしたでっぱり部分。
ここを「耳状突起」といいます。

なんのためにあるんでしょうね。決して耳ではない。

ちなみにちなみに、
この「耳上突起」も単に「耳みたいな突起」という意味なので
昆虫だけで使われる専門用語というわけではありません。
調べてみるとカブトガニやプラナリアなどでも使われていました。
耳みたいな形があれば別に言葉としての使用は可能ですものね。

僕らのヒトの顔の両サイドにも耳みたいな形の突起がついてますが、
それは耳状突起ではなく、まさに耳なので誤用しないようにお気をつけください。

おわりに ~言葉の限界が、世界の限界~

ほんとは10個とか20個とか、ずらずらずら〜っと昆虫用語を紹介しまくって辞書っぽくしたいところでしたが、長くなってきたので今日はここまで。

たった3語しか紹介できてない!また無駄話しすぎたね。…ま、いいか。

どうでしたか?
言葉を知ると、その言葉について意識が向かい、その存在が認識され、気になってきませんか?

ここまで読んでくださったあなたは
ハチだと思っていたハナアブの翅が2枚であることを確認したくなるだろうし、
「変態」という言葉がこれまでとは違う印象で聞こえてくるかもしれない。
そしてきっと、
ジャコウアゲハを見たらその美しい「尾状突起」に注目してしまうことでしょう。

言葉の限界が、世界の限界。
The limits of my language mean the limits of my world.

『論理哲学論考』ウィトゲンシュタイン

私たちは言葉によって思考し、語り、伝えています。
だから、言葉を知れば知るほど、あなたの世界は広がるはず。
言葉を知らなければ、限られた世界でしか思考し、語り、伝えることができません。

これは、昆虫も同じこと。
昆虫を知れば知るほど、あなたの世界はきっと広がります。

だって、この世界は言葉と昆虫であふれていますからね。

もっともっとご紹介したい昆虫も言葉もたくさんありますので、
また書きたいと思います。

ただし、
反響が良かったら。(シビアな世界!)

最後までお読みいただきありがとうございました。
ご感想などなど、楽しみにお待ちしております!


引用文献
 新村出, 2018. 広辞苑 第七版. 岩波書店
 山田忠雄・倉持保男・上野善道・山田明雄・井島正博・笹原宏之, 2020. 新明解 国語辞典 第八版. 三省堂

参考文献
 熊澤辰徳・須黒達巳, 2024. ハエハンドブック. 文一総合出版
 平嶋義宏・広渡俊哉, 2017. 教養のための昆虫学. 東海大学出版部