カモノハシ探訪記
オーストラリアで雨に打たれる
2023年3月、オーストラリアを訪れていた私は、宿の目の前にある川でカモノハシが見られるという情報を聞き、雨の降る中カメラを庇いながらじっと川面を見つめていました。
カモノハシOrnithorhynchus anatinusはオーストラリア東部、タスマニア島、カンガルー島(移入)に生息する哺乳類で、カモのそれと似たくちばしを持ちます。卵を産む哺乳類として有名です。また、数少ない毒を持った哺乳類としても知られています。
カモノハシは日本では飼育されておらず、動物園でも見ることはできません。私は生き物の持つ毒に興味があり、かねてよりこのカモノハシに出会ってみたいと思っていました。
オーストラリアに来た一番の目的はゴキブリ探しでしたが、カモノハシも目的の一つでした。
カモノハシは警戒心が非常に強く、なかなか見ることはできないといいます。見られても、泳いでいる時にできた波紋が遠くから確認できたというレベルのことも多いようです。野生の個体を見るというのは相当難易度が高いようですが、波紋だけでもいいから拝んでみたいという一心で川に目を向け続けます。
しかしカモノハシはなかなか現れず、時間ばかりが経過していきました。
ついに発見 カモノハシ
降っては止み、降っては止みを繰り返す雨に打たれながら、熱帯雨林の中でひたすら川面を見つめて待ち続けます。3時間くらい経った頃でしょうか。川の奥のほうから、なにか波紋がこちらに向かってくるのが見えました。
「・・・?」
距離としては100m以上あります。最初は木が流れてきたのかと思いましたが、次の瞬間、その波紋は止まり、全く見えなくなりました。
「もしや、カモノハシでは?」
そう思い、目を凝らして周辺を探します。すると、再び川面に波紋が立ちました。そこには長細い影のようなものが見えます! 間違いない、カモノハシです!
カモノハシはゆっくりと川を泳いでこちらに向かってきます。少し泳いでは水の中に潜り、また上がってきて泳いで潜りを繰り返しています。
カモノハシは警戒心が高く、下手に動いてしまうとすぐに逃げてしまうといいます。息を殺して、シャッターを切り続けますが、遠すぎて何が写っているかわかりません。撮影できる範囲に来るのを待つほかありません。
ゆっくりとこちらに向かってくるカモノハシをじっと見つめます。近づいてくるにつれ、カモノハシのスピードが予想よりも早いことに気づきました。
カモノハシは川の下流に向かって泳いでいきます。先に下流のほうへ行って待伏せしようと思い、気配を消して走ります。
最も川に近づけるところで待ち伏せし、カモノハシが来るのを待ちます。数十秒して、カモノハシの姿が見えました。10mもないくらいの距離です!
シャッターを切りまくり、カモノハシの姿を捉えることに成功しました。
さらに下流に向かうカモノハシを追いかけようと一歩踏み出したところで、私の気配に気づいたのか、カモノハシはドボンと音を立てて潜ってしまいました。
結局、その後は姿を現しませんでした。話に聞いていた通り、警戒心はとても強いようです。
オーストラリアに来る前は、遠くからでもいいのでせめて影でも見られればなぁと思っていました。まさかこんな近くで観察できるとは思っていなかったので、幸せです。
図鑑やテレビで知っている生き物を目の当たりにすると、
「本当にいたんだ!」
と思うと同時に、持っていたイメージと違う点にも気づきます。今回カモノハシを観察して思ったのは、想像していたより体が小さいということでした。やはり実物を観察することは重要です。
もう二度と出会えることはないかもしれませんが、その姿ははっきりと脳に焼き付けました。出てきてくれたことに感謝です。
参考文献
浅原正和, 2020. カモノハシの博物誌 ふしぎな哺乳類の進化と発見の物語. 技術評論社, 東京.